歴史が感じられる福井県の仏閣

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永平寺
□−永平寺−福井県吉田郡永平寺町志比

永平寺は寛元2年、波多野義重が道元禅師を招いて創建した寺院です。応永5年に後円融天皇より「日本曹洞第一道場」の勅額・綸旨を受け、天文8年には後奈良天皇から「日本曹洞第一出世道場」、天正19年には後陽成天皇から「日本曹洞の本寺並びに出世道場」の諭旨を賜りました。江戸時代に入ると福井藩松平家の庇護を受け寛文元年には松平光通が、延宝4年には松平昌親が寺領を寄進し、境内には松平忠昌の五輪塔が建立されています。

大安禅寺
□−大安禅寺−福井県福井市田ノ谷町

大安禅寺は泰澄大師が竜王山田谷寺として開山したと伝わる寺院です。戦国時代の兵火で大きな被害を受けましたが万治2年、福井藩4代藩主松平光通が大愚宗築禅師を招いて松平家の菩提寺として中興開山しています。大安禅寺本堂は万治2年に造営されたもので、木造平屋建、入母屋、桟瓦葺、唐破風玄関付。本堂、庫裏、開山堂、開基堂、鐘楼は国指定重要文化財に指定されています。

羽賀寺
□−羽賀寺−福井県小浜市羽賀

羽賀寺は霊亀2年、元正天皇の勅願で行基菩薩が開いたと伝わる寺院です。永享8年、後花園天皇の勅願により津軽の大名安東盛季、康季父子が火災で焼失した堂宇の再建が行われ、以後、安東家が庇護しています。羽賀寺本堂は文安4年に安東家により造営されたもので木造平屋建て、入母屋、桧皮葺、桁行5間、梁間6間、安置されている木造十一面観音菩薩立像、木造千手観音立像、木造毘沙門天立像、紙本墨書羽賀寺縁起と共に国指定重要文化財に指定されています。

若狭神宮寺
□−若狭神宮寺−福井県小浜市神宮寺町

若狭神宮は和銅7年、元正天皇の勅願で沙門滑元が開山したと伝わる寺院です。宝治2年、若狭彦神社の別当寺となり寺号を神宮寺に改めています。若狭神宮寺本堂は天文22年に朝倉義景が造営したもので、木造平屋建、単層入母屋造、桧皮葺、桁行5間、梁間6間、鎌倉時代に造営された山門と安置されている木造男神・女神坐像共に国指定重要文化財に指定されています。

明通寺
□−明通寺−福井県小浜市門前

明通寺は大同元年、坂上田村麻呂が修行にて得た霊木から自ら薬師如来像、降三世明王像、深沙大将像を彫刻し御堂を造営し安置したと伝わる寺院です。明通寺本堂は正嘉2年造営されたもので、木造平屋建て、入母屋、檜皮葺、平入。明通寺三重塔は文永7年に造営されたもので、三間三重塔婆、檜皮葺。本堂、三重塔は国宝に指定されています。
飯盛寺
□−飯盛寺−福井県小浜市飯盛

飯盛寺は養老年間、元正天皇の勅願で開山したと伝わる寺院です。文和年間に後光厳天皇の勅願所となり覚能法印によって現在地に境内を移しています。飯盛寺本堂は延徳元年、円満院二品法親王の勅命で造営されたもので木造平屋建て、入母屋、茅葺、妻入、桁行5間、梁間5間、内部に設置されている、室町時代に制作された厨子と共に国指定重要文化財に指定されています。

中山寺
□−中山寺−福井県大飯郡高浜町中山

中山寺は天平8年、聖武天皇の勅願で泰澄大師によって開山されたと伝わる寺院です。中山寺本堂は南北朝時代に建立されたもので木造平屋建て、単層入母屋、檜皮葺、平入、桁行5間、梁間5間、鎌倉時代に制作された本尊である馬頭観世音菩薩坐像と、同じく鎌倉時代に制作され仁王門に安置されてる阿形像、吽形像と共に国指定重要文化財に指定されています。

西福寺
□−西福寺−福井県敦賀市原

西福寺は応安元年、後光厳天皇の勅願で良如上人により開かれたと伝わる寺院です。歴代領主や為政者から保護された事で、寺運が隆盛し北陸随一の名刹とも呼ばれました。江戸時代に入ると福井藩松平家の庇護を受け、結城秀康は書院を造営しています。七佛所説神咒経巻第三、絹本著色主夜神像、絹本著色阿弥陀如来像、絹本著色観経変相曼荼羅図、孔雀鎗金経箱、西福寺一切経勧進経、七佛所説神咒経巻第三、般若心経、西福寺阿弥陀堂、西福寺御影堂、西福寺書院及び庫裡が国指定重要文化財に指定されています。

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